重要作物であるパンコムギは3種の野生のコムギが合わさり異質倍数化により進化してきたことを特徴とします。従って、パンコムギは1つの細胞の中に3種の遺伝子セット(ゲノム)をもちます。
パンコムギのゲノムはこのような異質倍数性により複雑であるばかりでなく巨大であるため、作物の中ではゲノム解析は遅れていましたが、近年、塩基配列解読の技術革新によりゲノムの全容が明らかになってきました。それらの情報を活用し、パンコムギは3種の遺伝子セットをどのように利用して遺伝子制御ネットワークを構築しているのかを解明しようとしています。
これらの知見を分子育種に応用し、環境ストレス耐性の強化、小麦粉の品質や機能性成分の向上といった課題に取り組んでいます。また、パンコムギにおけるゲノム編集の高効率化により、新たな系統の作出を目指した技術開発も行っています。
コムギの環境ストレス耐性強化に向けて
六倍体のパンコムギは、四倍体コムギと二倍体コムギのゲノムをあわせもつため、四倍体コムギや二倍体コムギよりもさまざまな環境に適応できるとされます。人工的に作出された合成コムギを用いて、ゲノムワイドな遺伝学的解析やRNA-Seqによるトランスクリプトーム解析を行い、倍数性進化による環境ストレス耐性強化に関わる要因の解明を目指しています。
健康に良い小麦粉の産生を目指した遺伝子の解析
コムギの種子貯蔵タンパク質はグルテンを形成し、小麦粉の加工特性に関わるため重要です。一方で、一部は小麦アレルギーの原因にもなります。これらをコードする遺伝子は高度に重複しており、個別の遺伝子を分別して解析を行うのは煩雑です。私たちは、これらの遺伝子発現制御の仕組みを解明し、小麦粉の品質の改良や小麦アレルギーのアレルゲン低減に生かすことを目指しています。また、小麦粉にヒトの健康に役立つ機能性成分を蓄積する技術の開発を行っています。
パンコムギの形質転換やゲノム編集技術の確立
パンコムギの遺伝子の機能解析を行うために形質転換体の作出を行っています。また、パンコムギの3つのゲノムに由来する遺伝子を改変するために、CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術の高効率化を目指しています。ゲノム編集により、特定の遺伝子に変異を誘発することにより、農業特性の向上や、小麦粉の成分を改変したパンコムギの作出を進めています。